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靖国神社1

2014.06.09 19:16|未分類
今日は先々週の東京ツアーの時に1人で行って来た靖国神社を紹介したいと思います
靖国神社の正門はAM6:00から開門すると言うことで
朝5時に起床し風呂に入って身を清めてから開門の6:00を過ぎたくらいに到着しました。
最寄り駅は都営新宿線九段下駅下車徒歩2分です
先ずは1の鳥居からです

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実際近くで見るともっと大きく見えました
第一鳥居(大鳥居)
大正10年(1921)、日本一の大鳥居として誕生した第一鳥居は、「空をつくよな大鳥居」と歌われて親しまれていましたが、長年の風雨で損傷がはげしくなり、昭和18年(1943)に撤去されました。現在の第一鳥居は戦友たちの奉納により昭和49年(1974)に再建されたもので、高さは25mあります

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そして鳥居をくぐるとコノ人の銅像が待ち構えてます

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大村益次郎銅像です
近代日本陸軍の創設者で靖国神社の創建に尽力した大村益次郎の銅像で、
明治26年(1893)、日本最初の西洋式銅像として建てられました。

続いては第二鳥居です
明治20年(1887)に建てられた第二鳥居は、青銅製の鳥居としては日本一の大きさを誇ります

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さていよいよ靖国神社の本殿に入ります
その前によくTVなどで映ることが多い神門です

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神門は昭和9年(1934)に建てられたもので、中央の二つの扉には、直径1.5メートルの菊花の紋章が取り付けられています。平成6年(1994)の修復工事で、屋根の葺き替えが行われました

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ホンマにデカイ菊の御紋でしたわ
そう~いやぁ~戦艦大和にもついてたのを思い出しました。

そして有名な拝殿です

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拝殿
拝殿は明治34年(1901)に建てられたもので、この前には賽銭箱が置かれており、通常はこの場所で参拝します。
拝殿の屋根は、平成元年(1989)に葺き替えられました

7年前に参拝に訪れたときは斎館・社務所で受付をして本殿で参拝させて頂きました
私の祖父の兄が先の大東亜戦争で戦死しております
その英霊の御霊を祀する為に本殿まで上がりました
その時は福島県傷痍軍人会さんと同席で勅をあげてもらいましたが、靖国神社では我々身内が忘れていてもチャンと英霊を祀られているんだと深く心を打たれたのを覚えています
しかも何処で亡くなられたのかも詳しく記しているのには驚きました

ココで靖国神社についおさらいをしたいと思います

靖国神社の起源は明治2年(1869)6月29日に建てられた東京招魂社に遡りますが、当時の日本は、近代的統一国家として大きく生まれ変わろうとする歴史的大変革(明治維新)の過程にありました。それ以前、日本は徳川幕府の政権下にあり、約250年にわたって鎖国政策をとり海外との交流を厳しく制限していました。ところが、アメリカや西欧諸国のアジア進出に伴って日本に対する開国要求が強まると、開国派と鎖国派の対立が激化し、日本の国内は大きな混乱に陥ります。そうした危機的状況を乗り切る力を失った徳川幕府は、ついに政権を天皇に返上し、日本は新たに天皇を中心とする近代的な国づくりに向けて歩み出すこととなったのです。

しかし、そうした大変革は、一方において国内に避けることのできない不幸な戦い(戊辰戦争)を生み、近代国家建設のために尽力した多くの同士の尊い命が失われる結果となりました。そこで明治天皇は明治2年6月、国家のために一命を捧げられたこれらの人々の名を後世に伝え、その御霊を慰めるために、東京九段のこの地に「招魂社」を創建したのです。この招魂社が今日の靖国神社の前身で、明治12年(1879)6月4日には社号が「靖国神社」と改められ別格官幣社に列せられました。

靖国神社には、戊辰戦争やその後に起こった佐賀の乱、西南戦争といった国内の戦いで、近代日本の出発点となった明治維新の大事業遂行のために命を落とされた方々をはじめ、明治維新のさきがけとなって斃れた坂本龍馬・吉田松陰・高杉晋作・橋本左内といった歴史的に著名な幕末の志士達、さらには日清戦争・日露戦争・第一次世界大戦・満洲事変・支那事変・大東亜戦争(第二次世界大戦)などの対外事変や戦争に際して国家防衛のために亡くなられた方々の神霊が祀られており、その数は246万6千余柱に及びます。

靖国神社に祀られているのは軍人ばかりでなく、戦場で救護のために活躍した従軍看護婦や女学生、学徒動員中に軍需工場で亡くなられた学徒など、軍属・文官・民間の方々も数多く含まれており、その当時、日本人として戦い亡くなった台湾及び朝鮮半島出身者やシベリア抑留中に死亡した軍人・軍属、大東亜戦争終結時にいわゆる戦争犯罪人として処刑された方々などの神霊も祀られています(参考資料)。

このように多くの方々の神霊が、身分・勲功・男女の区別なく、祖国に殉じられた尊い神霊(靖国の大神)として一律平等に祀られているのは、靖国神社の目的が唯一、「国家のために一命を捧げられた方々を慰霊顕彰すること」にあるからです。つまり、靖国神社に祀られている246万6千余柱の神霊は、「祖国を守るという公務に起因して亡くなられた方々の神霊」であるという一点において共通しているのです。

本日の一句
     コノ場所で 今の自分を 振り返る
ありがとうございました
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